
昨シーズン、ドイツ・ブンデスリーガ1部のエルトマンに所属し、スタメンリベロとして活躍したプロバレーボーラー渡辺俊介(リベロ/32歳)が、シーズン途中の11月26日(木)に、V2のヴォレアス北海道と入団し、12月6日(日)の大同特殊鋼戦にスタメン出場した。チームに合流してから日が浅いにもかかわらず、サーブレシーブ返球率で87.5%をマーク。渡辺の持ち味である指示の声やチームを鼓舞するパフォーマンスも全開で、見事にチームの勝利に貢献した。
出身地の北海道がつないだ縁
エド・クライン監督によると、渡辺の名前がコーチ陣の間であがったのは、昨シーズンが終了したあたり。「コロナの影響もあり、海外のリベロ需要は少ない。おそらく海外でチームを見つけることは難しいだろうと思っていたので、『声をかけてみてもいいのでは?』という話をした」という。
実はその1年前から、監督自身は渡辺に興味を持っていた。東レアローズで良い成績を残しているのに、なぜ退団するのか。なぜドイツなのか。率直に感じた疑問を解き明かすために、渡辺の周辺から情報を収集したり、ドイツリーグの映像を観たりしていたという。
「日本人選手が海外の選手と対峙した時にどう機能するのか。ビッグサーバーに対するサーブレシーブは、練習、あるいは試合、どちらを通して上達するのか。そうしたさまざまな観点からヨーロッパのリーグを観て研究する」というエド監督は、渡辺がドイツリーグで見せたビッグサーバーに対する適応能力や、体の大きい海外の選手にも負けじと向かっていく闘争心に魅力を感じていた。ヴォレアスの中田桂太郎コーチが順天堂大学時代、渡辺の1学年先輩にあたり、人となりや経歴をよく知ることもあり、獲得したい選手の1人だったが、今シーズンは元日本代表の越川優の獲得にとどまり、16名でスタートを切った。
ところが、夏場にケガ人や選手の仕事の都合等でチーム強化が思うように進まず、「リベロの必要性を感じた」エド監督は、9月ごろから降旗雄平GMに相談。当初は予算の問題などから慎重だったが、「開幕(10月24日)1週間前に行ったチーム内の紅白戦でもメンバーが揃わなかったため、渡辺選手に意思を聞くことから始めた」(降旗GM)という。
その時、渡辺はサフィルヴァ北海道の練習に参加していた。サフィルヴァの辻井淳一GMが小学校時代のチームの恩師で、一緒に練習しないか、と提案してくれたのだ。そのサフィルヴァとヴォレアスが、開幕2週間前に練習ゲームを行い、対面したことも1つのきっかけとなって、今回の入団が実現した。

チームに良い影響を与えるであろう、豊富なキャリアが魅力
「クラブにとって非常に重要なポジションに、経験豊富でリーダーシップを持つ渡辺選手を獲得できたことは非常に嬉しい。これまでの経験を、すべてチームに落とし込んでほしい」とエド監督が手放しで喜ぶように、今シーズンV1昇格を目指すヴォレアス側のメリットは大きい。
なにより、チームとして戦うために自分がすべきことを知っている。東レアローズが苦しい時期にキャプテンを任され、試行錯誤しながらチームをV・プレミアリーグ優勝へと導いた。その日々の中で培われた、チームが目標を達成するために必要なマネジメント能力は、ヴォレアスでもよりよい形で発揮されるに違いない。
尚かつ、日本代表や海外リーグも経験している。「チャレンジマッチを勝ち抜くにはサーブレシーブの強化が必要。強いサーブを打つ選手たちと対峙してきた(渡辺選手の)キャリアは、今後の試合で必ずチームの役に立つ」(エド監督)と、期待を寄せる。
「リベロのポジションに経験豊かで自信のある選手がいると、周りの選手にもその自信が伝わっていく。渡辺選手は練習前の準備と練習に向かう姿勢も素晴らしいので、そういう部分も、特に若いアウトサイドの選手に学んでほしいと思っています」(エド監督)

ヨーロッパ人の監督との出会いはビッグチャンス
では、選手側のメリットはどこにあるのだろうか--。
1つは、自分を必要としてくれるチームと出会い、プレーできる場を得られたことだ。
「今シーズンもエージェントに動いてもらい、チームを探してもらっていました。海外でプレーしたいという気持ちがありましたし、昨シーズン、ぎりぎりまで待ってチャンスが巡ってきたので待つ覚悟はありましたが、10月に入り、Vリーグが始まると焦りを感じるようになりました」
プロバレーボーラーにとって、チームに所属できないダメージは大きい。入団からわずか10日でヴォレアスでのデビュー戦に臨み、勝利した後に「フィジカルトレーニングはしっかりやってきたので、恥ずかしくないプレーができてよかった」と振り返ったように、個人でできることは限られているからだ。
「いくらコロナ禍で状況が悪いとはいえ、プレーしなければ次のシーズンにつながらないので、ヴォレアス北海道さんから『一緒に戦ってくれないか』というオファーをいただいた時は、正直なところ、ほっとしました。自分の能力やキャリアを理解し、必要としてくれたことに感謝しています」
しかも、生まれ育った北海道のチームだ。「北海道に2チーム、Vリーグの看板を背負っているチームがある。僕が小学校の時には考えられなかったようなことが起きていて、ジュニア世代の子たちにとってバレーを見る機会が増えたことがすごく嬉しい。思いがけず故郷でプレーする機会をもらったので、必ずV1に上がるんだ、という強い気持ちをもってプレーしたい」と、お披露目の会見で力強く話したように、おのずとモチベーションが上がる環境にいる。
さらに大きなメリットは、ヨーロッパのバレーボールに精通するエド監督のもとでプレーできることだ。「プロ選手として、人として、価値を高めるために海外挑戦を続けたい」という渡辺の気持ちを理解した上でのオファーであり、監督をはじめ、選手、スタッフとともにV1昇格、そして日本一を目指せるチームを作っていく日々のなかで得られる知見は、今後の渡辺を支える大きな力となるはずだ。エド監督との対話を通して、英語力にも磨きがかかるに違いない。

同郷で小学生の頃から渡辺を知る一人、ヴォレアスのキャプテン古田史郎(OP)に渡辺の加入について尋ねると、「海外でプレーすることは誰もができることではない。その経験を(渡辺選手が)これからどう表現するのか。それが人々にどう届くのか。そこは1アスリートとして僕自身も知りたいところだ」と話した。新しいクラブチームのあり方を模索し、失敗を恐れることなく挑戦し続けるヴォレアスでは、プロ選手としてのマーケティング力も問われる。そこは今後、注目したいところだが、ヴォレアスで培ったさまざまな力を武器に、エド監督のネットワークを生かして世界へ、という未来もあるかもしれない。
「今」がどんな状況であっても、「いつ転がってくるかわからないチャンスに備えて、やれることをやるだけ」と言う渡辺。その信念を貫き、つかんだヴォレアス入団が、単なる助っ人ではなく、「後進に、こんな道もあるんだということを伝えたい」という思いをかなえる布石となりそうで楽しみだ。
【プロフィール】
渡辺俊介(わたなべ しゅんすけ)
北海道江別市出身 32歳
小学校からバレーボールを始める。中学校を卒業後、北海道を離れて埼玉県立深谷高校に進学し、春高バレーで2連覇を達成。順天堂大学では4年生の年に全日本インカレで優勝。学生時代はアタッカーとして輝かしい成績を残したが、東レアローズ(2011年から2019年まで在籍)入団後にリベロに転向。キャプテンを務めた2016-17シーズンに、V・プレミアリーグで優勝を果たした。その活躍により、2017年度日本代表に選出され、ワールドリーグに出場した。さらなる飛躍を求めてプロに転向した2019-20シーズンは、待望の海外リーグ挑戦が実現。ドイツ・ブンデスリーガ1部のエルトマンと契約し、スタメンリベロとして活躍した。
文/金子裕美