自分らしい人生を拓きたい、という思いからプロ転向を決断。 経験豊富な星野秀知の新天地での活躍が楽しみだ。(写真:東京グレートベアーズ)
8月1日に東京グレートベアーズが入団を発表した星野秀知(31歳/アウトサイドヒッター)は、サレジオ中学校、東亜学園高校、東海大学、東レアローズと、すべてのカテゴリーで日本一を成し遂げた稀有な選手だ。代表経験も豊富で、2013年度、2016年度はシニア日本代表に選出された。バレーボール選手として陽の当たる道を歩んできた星野が、31歳にして選んだプロ転向にはどのような心境の変化があったのだろうか。
バレーボールを頑張ると目の前にスーッと道が広がった
話を聞いたのは6月半ばだ。東レアローズが退団を発表してから約1ヵ月。Vリーグ機構に移籍希望を出した星野は自宅でオファーを待っていた。人生最大のチャレンジに「ワクワクしている」と笑顔を見せたが、正式に入団が決まるまでは落ち着かない日々を過ごしてきたに違いない。誰の手も借りずに進路を決めるのは、31歳にして初めてのことだからだ。
小学校時代にバレーボールを始めてまもなく頭角を表すと、常に日本一を目指すチームに必要とされてきた。そして全中(2005年度)優勝。春高(2007年度、2008年度)では連覇を達成。精鋭が集まる東海大学でも1年次からレギュラーとして活躍し、全日本インカレ(2009年度、2011年度)では2度の日本一に輝いた。
「学生時代は目の前の試合に勝ちたい。そのために自分は何をすればいいのか。それだけを考えて一生懸命取り組んできました。その結果、僕を必要としてくださる学校や企業の方が(所属チームの)監督、コーチに話を持ってきてくださり、その中から(行き先を)選べばよかったので、バレーボール以外のことは深く考えていませんでした。バレーボールを一生懸命頑張っていれば目の前にスーッと道が広がっていく、そんな感覚でした」
Vリーガーを目指していたわけでも、就職に有利だからとバレーボールに打ち込んできたわけでもない。自分を必要としてくれたチームに感謝し、期待に応えること。そこにやりがいを感じて自分を磨いてきた。
攻守に優れている星野は東レアローズでも持ち味を発揮し、2016-17シーズンはリーグ優勝に貢献。翌2017-18シーズンから4季にわたりキャプテンを務めて、チーム力の底上げに尽力した。
好きなチームだから、退団を決意するまでに1年かかった
近年の星野は、対角を組むアウトサイドヒッターや対戦相手、戦況などに応じて、攻撃型と守備型の比率を自分の中で巧みに調整できる有能なプレーヤーという印象だ。
「Vリーグで戦える選手であるために、自分なりに工夫して技術を磨いてきました。30代になり、選手寿命は確実に短くなっているので、コートでチームの勝利に貢献したいという思いが強くあります」
東レアローズには毎年、ポテンシャルの高い選手が入団するが、戦力として渡り合う覚悟も自信もあるという。ところがチームの意向は違った。若手選手のバックアップを任された。
自分と上司、あるいは組織の考えが食い違うことは、スポーツの世界に限らず、よくあることだ。自分の中で折り合いをつけるのか、行動を起こすのか。人生の岐路に立たされて、星野は初めて「引退」を意識した。
「バレーボールを頑張って、いつか引退して、会社員として働く人生を想像したら、ワクワクしませんでした。僕は会社員に向かない性格なんです。ただ、家族(奥さんとお子さん2人)がいます。会社に残れば安心して養っていける、とてもありがたい環境でバレーボールをやらせてもらっていました。そもそも東レアローズが好きですし、ここでプレーしたいという思いが強かったので、自分はどうすべきなのか、相当悩みました」
「好きにしていいよ」という奥さんの助言がなければ、今も悩み続けていたかもしれない。
「(奥さんは)考え方がポジティブなんですよ。自分が会社員から独り立ちして仕事をしていることもあり、『今はいくらでも(生計を立てる)方法がある』『悩んでいるなら、他のチームでバレーボールをしてもいいんじゃない? 』とプッシュしてくれて、考えが広がりました」
バレーボール界でもプロ化が進み、選手が自分の意思で行動を起こしやすくなったことも、追い風になった。
「誰かに相談したわけではありませんが、一度、(移籍希望を出して)自分の選手としての価値を聞いてみるのもいいのかなと思いました。プロ選手であれば、バレーボールを一生懸命頑張ることによって、他の仕事や事業に結びついていく可能性もあります。そこにも魅力を感じました。年齢的には少し遅いかもしれませんが、もしうまくいかなくても、自分で考え、判断し、決めたことなら、納得して次の道に進むことができます。1年かかりましたが、最終的には、これが最初で最後のチャンス。自分らしい人生を拓くきっかけにするぞ、という思いで決断しました」
チームに良い影響を与えられる、強くてかっこいい選手になりたい
「プロになったからには、これまで以上に必要とされる選手にならなければいけない」と話す星野に、その具体策を尋ねると、「自分にとってはやりがい、チームにとってはこの選手と契約してよかったという納得感や満足感を得られる、Win-Winの関係を作ること」という答えが返ってきた。
「そのためにはまず、プレーでアピールしなければいけないと思っています。得点をアシストするサーブレシーブや、つなぎのプレーは、僕のプレースタイルとして引き続き大事にしていきますが、それだけでは足りません。信頼を得るには、チームを一気に乗せることができる得点力が必要です。例えば柳田(将洋/ジェイテクト)選手のような、得点力で存在感をアピールできる選手が理想です。自分が得意とする守備力に、試合展開を一気に覆せるような得点力が備われば、そこにいるだけでチームに安心感をもたらすことができる選手になれるのではないかと思います。(チームメイトへの)声かけにも説得力が増すと思います」
目指すのは、チームに良い影響を与えることができる「強くてかっこいい選手」だ。
「プレーで魅せることが大前提ですが、いろいろな角度から、応援したい!と思ってもらえる選手になることもプロ選手の大切な仕事です。これまでは身だしなみにしても、人への接し方にしても、あまり意識していませんでしたが、そういうことも含めて、自分自身が変わることを恐れずにチャレンジしていきます」
期せずしてプロ選手に転向した年に東京グレートベアーズが誕生した。アウトサイドヒッターを必要としていたことから星野に白羽の矢が立ち、V1でプレーするチャンスが生まれた。背番号「1」に、期待の大きさが伺える。この幸運を活かして、地元の東京でどのように自分の思いを表現するのか、楽しみだ。
「これからの人生は、すべてが自分の責任になります。きついと思いますが、それも含めておもしろいのではないかと思っています。僕はバレーボールしかしてこなかったので、自分に何ができるのか、何が向いているのか、わかりません。バレーボール以外にやりたいこともまだ見つかっていないので、今後のプロ生活を通して今まで気づかなかった自分を掘り起こしていけるように、精一杯頑張ります」
【追記】
ここに東京グレートベアーズが入団に際して発表した、真保綱一郎監督のコメントを掲載する。
「星野選手の加入は、東京グレートベアーズに安定と成長をもたらす非常に素晴らしい補強であると考えています。星野選手のストロングポイントであるブロックを含めたディフェンス面やレセプションでの貢献はもちろんのこと、学生時代から代表経験が豊富であり、各カテゴリーで数多くの優勝を勝ち取っている彼の経験をチームに注入し、化学反応を起こしてもらうことも期待しています」
星野秀知(ほしの ひでとも)
東京グレートベアーズ/アウトサイドヒッター/1990年9月29日生まれ/東京都世田谷区出身/身長187cm/サレジオ中→東亜学園高→東海大→東レアローズ/主な代表歴:2011・2013ユニバーシアード、2012アジアカップ、2016ワールドリーグ
取材・文/金子裕美